糸操り人形の一糸座(いっしざ)による公演「改良人形芝居ルネッサンス」が10月15日、浅草文化観光センター(台東区雷門2)で千秋楽を迎えた。
江戸時代初期から約400年受け継がれてきた糸操り形を次世代へつなぐ継承プロジェクトとして、9月28日に開幕した。光照山西徳寺(竜泉1)、浅草花劇場(浅草2)、浅草文化観光センターの3会場を巡り、古典の「三番叟(さんばそう)」「伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ) 八百屋お七 火見櫓(ひのみやぐら)の場」「鈴ヶ森」と、浅草を題材にした新作人形浄瑠璃「浅草物語 吉原に、イキたいっ」を上演。西徳寺と花劇場では終演後、来場者が糸を操って人形を動かす操作体験の場も設けた。千秋楽は、日本人形協会などが制定した「人形の日」に合わせた。
改良人形芝居は、同座代表の江戸伝内(えど・でんない)さんの祖父に当たる9代目結城孫三郎(ゆうき・まござぶろう)が明治期に考案した。当時は海外から多くの文化が流入し、イギリスのマリオネット一座が人気を集める一方、浄瑠璃に合わせて長時間演じる日本の糸操り人形は観客との距離が開き、衰退の危機にあったという。地方巡業中、浄瑠璃の語り手が来られなくなった日、子役として歌舞伎の舞台に立ち、踊りや落語も習っていた9代目は、人形遣い自らがせりふを語る「歌舞伎仕立て」の芝居を思い立った。
約10年の巡業を経て、下谷二長町(現在の台東区台東1)にあった市村座で披露すると連日大入りとなり、周りの小屋から客を奪うほどの人気から「八丁荒らし」の異名を取った。9代目は「糸操りり人形の中興の祖」と呼ばれ、今年は市村座での披露から125年に当たる。江戸伝内さんは「9代目がいなかったら、僕たちも人形を遣っていない。浅草の地で、改良人形芝居を始めた頃の気持ちに戻って芝居をつくろうと考えた」と公演に込めた思いを明かす。
江戸伝内さんの両親は浅草育ち。一家の疎開先だった名古屋で戦後に生まれた江戸伝内さんは、23区内に戻れず吉祥寺で育ったが、「母が出かける時は、菓子や肉を買うのも必ず浅草だった。僕の中にも浅草は深く刻まれている」と振り返る。一糸座は、10代目結城孫三郎の「一人一人が一座を持ち、もっと広げて公演しなさい」という言葉を受け、結城座から独立して立ち上げた。江戸伝内さんは3代目結城一糸として活動した後に名跡を譲り、現在は4代目結城一糸(ゆうき・いっし)さんが、昔から座頭が遣う三番叟を担う。
人形の糸は少ないもので15~16本、多いと20本ほどになる。女形の人形には足首から先がなく、着物姿でしなやかに歩かせるためだという。頭頂部から鋼線を通して安定させる海外の人形に対し、日本の人形は糸だけでつるす。江戸伝内さんは「糸で持つと緩みや揺らぎがあり、人形が倒れたりもできる。それがドラマになっていく」と違いを挙げる。2023年にはドイツ、フランス、スイスで公演し、文楽を知る観客からも驚かれたという。
修業期間について、江戸伝内さんは「昔は弟子入りしても人形に触らせず、何年か師匠の身の回りの世話をしたので10年と言われた。今は基本から教えるので、3年で何とか舞台に立てる。それでも自分で役を考え、提案できるようになるには10年ぐらいかかる」と説明する。同座で人形を遣えるのは6人。担い手を増やそうと、俳優を人形遣いとして起用する取り組みも進め、今回の公演にも俳優が人形遣いとして出演した。昨年は全国約50カ所の小学校で巡回公演を開いた。
新作「浅草物語 吉原に、イキたいっ」は約20分の作品。2.5次元舞台などの演出を手がける菅野臣太朗さんが作・演出を担い、同座との作品づくりは「神々の里」に続き2作目となる。吉原の中ではなく、船宿や猪牙舟(ちょきぶね)を乗り継いで吉原へ向かう道中を描いた。
江戸伝内さんは「結城座も一糸座も人形遣いの集団。江戸時代には江戸時代の作家がいたし、現代では唐十郎さんらと芝居をつくってきた。いろいろな要素が入った芝居が特徴」と持論を語る。
公演を共催する新企設取締役の佐々木淳一さんによると、同座は12月から、浅草で訪日客を主な対象にした定期公演を始める計画で、年間100回の上演を目指す。会場は調整中。
「SNSの動画で見るのと生で見るのは全然違うと言ってもらえる。見てもらえさえすれば広がると思う」と佐々木さん。一糸さんは「芸能の地として名高い浅草から、江戸に伝わる糸操り人形を発信したい。担い手も増やし、発展させていきたい」と意気込む。
結城民子さんは「浅草の人たちから温かい拍手をもらった。小さくてもいいので、常設の拠点が持てたら」と期待を寄せる。江戸伝内さんは「結城座は江戸の幕府公認の座で、毎日芝居ができた。浅草にそういう拠点ができたら。若い人たちが入ってきても安心してできる場をつくりたい」と先を見据える。